漆黒のヴィランズ Patch 5.0メインストーリーの感想と振り返り

漆黒のヴィランズ。メインストーリーが終わったのは7/1の深夜だった。

アーリーアクセスから4日間。睡眠時間を削って駆け抜けた。

ゆっくり遊ぶという選択肢ははじめからなかった。SNSでは最速の人たちが情報を作っていく。2年前、紅蓮のリベレーターも1週間でメインストーリーは終わったけれど遅かった。Youtubeにはラストバトルの動画がしっかり上がっていて結末をうっすら知ってしまった。

今回は無事ネタバレされることなく、ラストバトルを終えることができてホッとしている。

結論だけ先に述べると、緻密に計算された高度なゲームデザインで感情を揺さぶられる傑作だった。 何がそこまで揺さぶられる要因だったのか。紐解いていく。

以下ネタバレ注意。

「悪」=「闇」という定説のひっくり返し

印象に残った一つは、光が悪と描かれる設定。闇に覆われた世界に光を取り戻す。これまでの多くの物語は悪といえば闇が定説だったろう。ありそうでなかったこのひっくり返しが、これまでに見たことのない新しい世界の新鮮さを助長していた。

紫色の植物やただ白い大地。なかなか普通のRPGでは描かれない本物のファンタジーの光景だった。いろいろな善悪、そして光と闇を描き続けてきたFFXIVだから描けた景色だったように思う。

「正義」と「不義」ではなく「正義」と「正義」のぶつかり合い

今も昔も、ヒーローが、悪者を退治し世界に平穏をもたらすという勧善懲悪が物語の王道であることは言うまでもない。物語の主人公はいつだって、見ているものの共感を集め、相手を葬ってきた。

そこには正義は勝つという不文律が存在しているんだけれど、今回挑むことになった相手は主人公サイドから見れば悪でも、世界全体を考えると、彼らもまた正義だった。

この設定は恐ろしいほどリアリティがある。

人間社会で起こっている争いにおいて当事者同士はほぼ確実にそれぞれの正義のために戦っている。大切な人を守るためだったり、信じた仲間のためだったり。宗教だろうがなんだろうが、みんな信じるもののために戦っている。

この双方向の事情を説明された結果、倒したくない。倒されるべきでは?と思うほど共感した。

主人公を支える影の存在感

すでに亡き者になっていて、魂でしかない第一世界におけるかつての英雄。世界を救っていくと同時に彼の魂も開放していく。

パッチ3.xで彼らが登場していたことは、ほとんど忘れかけていたけど、彼らの無念を晴らしていくのは物語進行における大きなモチベーションになった。
各ロールの最後でサイドストーリー的に一人ひとりの物語が語られるのも、ストーリーとゲームシステムが融合していて感情移入した。

物語に集中する新しいシステム

感情移入といえば、今作のそれを支えていたのは、一人でも遊べる新しいシステムにもあった。今作から導入されたフェイスというシステムは、プレイヤーを4人集めなければ突入できなかったダンジョンをコンピューター3人と攻略が可能にした。

物語を進行し、新しいダンジョンに突入する。フレンドとわいわい遊ぶのももちろん楽しいけれど、もともと一人用のゲームとして確立してきたロールプレイングというゲームジャンルなだけに、感情移入という点においては一人の方が集中しやすい。これまで通りフレンドや世界中の冒険者と一緒に攻略するという選択肢も用意されていたのもよかった。

ファイナルファンタジーだからできた壮大なゲームデザイン

定説のひっくり返しや、集中できる新システムに加え、感情を揺さぶられた最大の理由は、数年来ほぼ触れられてこなかった伏線が大量に、そして一挙に回収されたことに尽きる。この回収の衝撃度は、これまでのプレイ時間や物語へのめり込み度に応じて傾斜がついた。サービスイン開始当初からのプレイヤーや、関連資料を読み漁ったりしている人には加速度という大きな補正値が働いたのでないかと想像する。この「数年」という時間軸、そしてゲーム外の用意された数百ページに渡る複数の設定資料で加速度をつけるゲームデザインは、長期に渡って運営されているMMOPRGだからできることだし、もっといってしまうと、過去30年以上に渡ってプレイヤーを魅了し続けてきた、ファイナルファンタジーシリーズだからこそ作り得たゲームデザインだったのかもしれない。

子供のころから夢中でファイナルファンタジーをプレイしてきてよかった。ありがとうスクエニ。と思ってしまった。

他にも音楽が素晴らしかったり、ファイナルファンタジーのアセットをうまく使った世界設定など感情を揺さぶられた要因はたくさんあった気がするけれど、長くなりすぎるので、またそのうち書こう。